2018年2月18日日曜日

タイのラック

昨年のちょうど今頃、タイとラオスにラックの調査に出かけていましたが、
タイの報告をほとんど書いていないまま1年が経過してしまいました。

タイはインドに続く世界第二位のラック生産国なのですが、
実はこの2年、タイのラックは夏の猛暑の影響から不作が続き、
関係者が頭を痛めているところなのです。

タイのラックは主に北部ということで、
タイラック協同組合の加盟会社5社のうち4社がある
Lampangを訪問しました。
Lampangの名物は花馬車です。
北部といっても2月のタイは暖かく、半袖の人が多かったです。

あと、名物は鶏です。

タイのラックのほぼ9割が、街路樹などになっている
レインツリー(Samanea saman)を使ってラックを養殖しているそうです。
レインツリーは元々南アメリカ原産の植物ですが、
20世紀初頭に、農民の休憩する日陰を作るため
タイに持ち込まれ
成長が早く大木になることで、あっという間に広まった上、
ラックの養殖に適していることがわかり、
一時は通りのあちこちで養殖が行われていたそうです。

しかし、2012年以降のラックの買い取り価格の暴落から、
かつての養殖地でもラックが見られなくなってしまっていたところに、
猛暑によるラックカイガラムシの死滅で、
この2年は、さらに北部山間部のライチーの木のラックが
辛うじて収穫できていることで繋いでいるのだそうです。

かつてラックが養殖されていた、街路樹のレインツリーです。

買い取り価格が高ければ、これらのラックも残らず収穫されているはずのところ
放置されているということは、
みんなラックに興味がなくなっているという証拠でしょう。

前年のレインツリーのラックがほぼ壊滅状態だったそうで、
ライチーの木で育ったラックの卵を接種した
レインツリーのラック養殖林に連れて行ってもらいました。

ワラに包んだラックの卵が取り付けられていました。

ラック養殖家が、木に登って、枝を取ってくれました。
ご覧のようにかなりの高さです。

枝には第二期の幼虫が付着しています。

拡大するとこんな感じ。これらの幼虫は既に枝に定着しています。

納豆を包むようなワラの中には、卵の入っていた種ラックがあります。
これらのラックも全て回収されて売られます。
古いラックは値段も安いのでは?と思ったら、
既に十分乾燥しているので、生のラックよりも高く売れるのだそうです。

ラック農家さんの倉庫も見せていただきました。
例年ならこの倉庫が一杯になってるはずなのだそうです。

その代わりに大量にあったのは、干したキャッサバの根でした。
デンプンを取るためのものだそうです。
安定収入のため、複数種の作物を扱っているそうで
今ではキャッサバの方が収入が良いようです。

翌日訪問したラック会社の倉庫も、同じような状態でした。
広い工場の片隅にあったのは、全てライチーから取れたラックだそうです。

会社で見せてもらった、ラックをテーマにしたタイのテレビ番組では、
この広い床が全てラックで埋まっていました。
この年は、前年のストックでどうにか乗り切るという話でしたが、
今年はどうしているのか。

ところで、これは遠近法ではありません。
どちらもレインツリーについたラックですが、
手前の枝の太いこと!

ラックカイガラムシは、樹皮の薄い若い枝にしか寄生できません。
つまり、レインツリーの枝は1年でこれだけの太さにまでなるということ。
一本の木から20kgくらいのラックを収穫することが可能なため、
効率よく養殖ができることと、
収穫後半年で元の大きさに戻ることが、メインの寄生木になっている理由です。

ラックだけでは将来食べて行けない可能性があるという危機感から、
この会社も既に他のビジネスをスタートさせていました。
工場を見学させてもらう中で、
ラック洗浄時の汚泥を使った実験耕作地を通り、
さらに裏にある大きな池に案内されました。
不思議に思っていたら、手前の方に石を投げてみせてくれました。
水が真っ赤なのがわかりました。
実は、この水全てがラックの洗浄水なのです。

かつてはそのまま川に流せていたけれど、
近年、排水の規制が厳しくなったため、
このように自然に水分を蒸発させているのだとか。
実は現在、タイでラック色素を作っているのはたった1社で、
残りは全て同様に廃棄しているのだそうです。
皮肉なことに、タイのラックカイガラムシはインドと違うKerria chinensis
インドのKerria laccaより赤色色素量が多いことで知られているのです。

この池の水の色素だけでどれだけの布が真っ赤に染められるのか、
他社の廃棄水も一体どれだけあるのか。。。
想像するだけで気が遠くなりました。

残念ながら、ラック色素を販売できるグレードに精製するには
かなり大規模のプラントが必要になり、
色素が売れる見込みがなければ・・・という理由が大きいそうです。

前年にラックの供給不足を見聞きしたブータン同様、
この後訪問したラオスでは、
ここ3年、染色用のラックが全く手に入らないから
暫くラック染めはしていないという染色工房ばかりに遭遇しました。
どこでもドアがあればすぐにでも届けたい。

繊維染色用のラック色素なら食品用の精度がなくても十分です。
このタイのラックの不作をきっかけに、
色素の活用が検討されることも願うばかりです。


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この調査は生き物文化誌学会さくら基金の助成によって行われました。
関係者の皆様に改めてお礼申し上げます。