2016年7月10日日曜日

ブータンのラック養殖(3)モンガルの某村

ブータンのラック養殖地を何度か訪問している方々から
ラック養殖に関して情報をいただき、
(しつこく質問しまくった、というべきかもしれません)
さらに現地のAさんに調べていただいたところ、
なんとも不思議なご縁でラック養殖家さんを見つけてくださいました。
Aさん、ありがとうございます!

実はこの養殖農家さん、
この春から3年ぶりに養殖に復帰されたばかりということで、
そういった事情から、場所とお名前は伏せさせていただきます。

この方のお住まいは、夏の寄生木の生える地域の近くでした。
電話で道路の近くまで出てきていただいて、
その木のある場所まで徒歩で向かいます。

ルルムシン、別名ツォシンです。
2011年に通りがかりの若い女性が枝を折ってくれた木と同じ木で、
(Engelhardia spicata)
インドナツメと比べ、かなり背の高い木です。

枝についているのが種ラックです。
これは、小さめのラックなので、束にして縛り付けられています。


大きめのラックは、枝を2つに折り曲げて逆V字にして下げるそうです。
今年は5月17日から作業を開始し、この日は5月26日、
移動作業は1−2匹の幼虫の孵化を確認した頃から開始するとのことなので、
間違いなく幼虫は孵化して定着している頃です。
種ラックは若い枝が必要なため、かなり木の上の方にあり、
これじゃあ幼虫は見られないかなあと思っていたら、

あっという間に木に登って枝を取ってくれてしまいました。



うわ〜、殺生だ、ごめんなさい!
と、思いつつ、せっかくの機会、観察です。

既に枝にびっしりで、定着している様子。
でも、虫眼鏡でよく観察すると、
なにやら動くものが。

なんと、出遅れ組が残っていました!

この養殖農家さんを見つけてくださったAさんも大感激してくださいました。

小さいのに健気で可愛いですね〜

実は、この養殖農家の方も
これまでラックカイガラムシをちゃんと見たことがなかったそうで、
我々が大喜びする様子に、自分も虫眼鏡で見てみたいとのこと、
もちろん!とお渡しして見ていただいたのですが
「う〜ん・・・」と苦笑い。

さて、幼虫を見せるためにわざわざ折ってくださった枝、
このまま残すにはしのびなく、
既に定着してしまった虫たちはどうにもならないのですが、
まだ動いている虫たちが少しでも生き延びてくれるよう、
若い枝に縛り付けてもらいました。

秋にはたくさんの卵を持ってくれますように。

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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました。

2016年7月9日土曜日

ブータンのラック養殖(2)Yayung

これまでラック農家さんには会えたものの、
ラック養殖地の訪問は叶いませんでした。
今年のガイドのDさんは、実は最近ラック養殖地に行ったということで、
Yadiの次に連れて行ってくれたのはYayung、またはYayumという村です。
ここは川の側で標高が低く、冬の養殖地とされている場所です。

道中にもたくさんインドナツメ(カンカルシン)があり、期待が高まります。
目印の家の前で車を停めて、進んでいくと、

あ〜〜、

枝が見事に切られたインドナツメの株ばかりです。
この時は5月末、既にラックの幼虫が孵化する時期で、
切られた枝は夏の木に移動させられた後だったのです。
Dさんも、去年自分が来た時には確かにラックがあったのに・・・と
がっかりしながら、さらに周囲を探します。
しばらくすると、「あった〜!」の声

道の反対側に枝が残るインドナツメがありました。

ありました、ラックです!

よく見ると、既に幼虫が孵化した後の状態です。

若い枝には既にびっしりと幼虫がついていました。
手足が完全になくなっているので既に2齢です。
色が濃く見えるのは、残念ながら孵化して定着したものの、
その後なんらかの理由で死んでしまった虫です。

この状態になってしまったら、もう幼虫を動かすことは不可能ですから、
おそらく、この木のラックは予想より早く孵化してしまい
夏の木に移動し損ねてしまったもので、
このまま秋までここに残されて、一旦収穫されるのでしょう。

残念ながらこの日、この木で養殖しているラック農家さんはお留守で
お目にかかれませんでした。

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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました

ブータンのラック養殖(1) Yadi

今回のブータン漆調査で大きな比重を占めていたのがラックです。
なぜ漆調査でラック?
というのも、ケンカルでも説明したように
ブータン漆器の木地は全て木工轆轤で加工されているのですが、
その木地を轆轤の回転軸に接着するのが、
染色をする人がラックの赤い色素を煮出した後の残りの樹脂
「ラチュ」だからです。

ラック染めのブロクパの赤いマントの上に置いてあるのが「ラチュ」です。
(色が微妙に違うのは、ラックの質の違いだと思います。)

2011年、2012年の気候不順で、世界的に(と言ってもアジアの特定地域だけですが)
ラック農家が激減している状況にブータンも例外ではないだけでなく、
敬虔な仏教徒が多いブータンでは、
ラック養殖は多くの虫を殺す殺生だという話が広まり
養殖農家は数件に減ってしまったということをいろいろな人から聞いていました。

最初にラック農家を見つけたのは2011年、ヤディ村です。
ガイドのTさんに、ヤディ村にラック養殖をやっている人がいるから、
探してくれということを言っておいたところ、
ヤディに近づく道すがら、通行人を捕まえて聞きまくり。
まずはこの若い女性。
ラック農家は知らないけど、ラックをつける木は知っているから
取ってきてあげると言って、
すぐ横の茂みにどんどん入っていきます。
あらびっくり。
ちゃんと鎌まで持っていたのです。素晴らしい。
この葉っぱの大きい青々した木です。
名前は「ツォ・シン」だと言いました。
"tso"はラック、"shing"は木の意味ですから、つまり「ラックの木」です。
この時はまだ学名はわかりませんでした。

さて、次はおばあちゃん。
背景にバナナの木があるように、ここが暖かい地域ということが理解できます。
このおばあちゃんが、知ってるよ、と家を教えてくれました。

何か作業中です。
大きなフライパンでトウモロコシを炒ってます。
後ろでは製粉中。
めちゃくちゃ忙しそうです。

次に、大きなミルク缶を運んできました。
これがご主人のKさんでした。
ブータン人が好んで飲む「ダウ」(チーズを取ったあとの乳清)でした。
お忙しいところのアポ無し取材は申し訳ないので、
乳清を人数分購入し、
やっとラックの話をしていただきました。

当時38歳だったKさんは三代目でラック養殖歴20年。
ラック養殖には技術と頭と中庸の気候が必要。
ラックをつける木はカンカルシンとツォシン。
5月に低い谷に下ろすが、その時はチャンバクタンシンを使う、
木は70本、田んぼの近くに植えている。どんな大きさの木も使う。
1gから1kgのラックが取れ、1年に50キロ採取する。
10月が採取時期で、11月にティンプーのサブジバザールで販売する。
夏にとれたラックは冬より質が劣る。
今、ラックのついた木のあるところに行くには
徒歩で1時間くらいかかるからダメだとのこと。
残念ですが仕方ありません。
というわけで、前年秋のストックから少量を分けてもらいました。

ガイドのTさんはカンカルシンのある場所を知っているというので
道中で教えてくれました。
標高がかなり下がった川の側です。

トゲのついた枝。インドナツメ(Ziziphus mauritiana)です。

葉の裏は真っ白。しかし、この時この木にはラックはついていませんでした。

この後、タシガンのチェックポイントの側では
インドナツメの花と実がありました。
ここにもラックはついていませんでしたが、
この時は、この木がラックの冬の寄生木だということは知りませんでした。


この後何度かKさんのお宅に伺いましたが、
去年はお留守で、奥さんにもお目にかかれませんでした。
今年久しぶりに伺ったものの、
やはりKさんは不在で、奥さんだけがおられました。
残念ながらKさんも3年前にラック養殖をやめてしまったそうです。
理由はやはり、殺生だからということ。
これがKさんの最後のラックです。

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2011年の調査は美術工藝振興佐藤基金、
2016年の調査はサントリー文化財団の助成で行われました。

ブータンの酒筒職人(おまけ)

Kengkhar地方は、タラヤナ財団が工芸による農民支援を行っている地域です。
かなり不便な場所にもかかわらず、タラヤナ運営の売店もあったりしますが、
残念ながら我々の通った時には店は開いていませんでした。
ここまで来る観光客もいるのだなと、ちょっと驚きました。

Sさんの奥さんもやはり織りをされているそうです。

ブータンでは、腕の良い織り子の女性は旦那さんよりも稼ぐという話。

糸は全て化学染料染めですが、手の込んだ織りもされています。

酒筒職人さんの地区を訪問中、
自分でお寺を作っちゃったという仏師さんの製作現場にも
連れて行っていただきました。
もちろん、彼の立てたお寺が作業場です。

これがその仏師のTさん。
彼の師匠は、作った像が国の危機には涙を流したり喋ったりするといわれる
伝説の彫塑家だそうです。


これがお寺の本堂になる部分です。
様々な像を製作中です。


粘土だけでは亀裂が入ったり壊れやすいので、
紙の繊維を混ぜるのがポイントのようです。

モンガルで買うという沈丁花(Daphne)の紙と、
地元の植物の靭皮繊維を混ぜているそうです。



これが地元産の靭皮繊維です。
何の繊維かはわかりませんでした。

ホダ木作りに使われる刃物です。
ちょっと手を加えれば漆掻き鎌になりそうです。

小学校の前では新しい建物を作る大工さんたちがいました。
スコヤを使ってます。

この人は立派な刃物を研いでいます。
使っているのはインドの砥石のようですが、
そう言えば、ブータンでは欧米とは違い、刃物は全て水研ぎですね。
この刃物はどう使われるのかというと、

このように、木の外側を剥ぐのに使われていました。
手斧とどちらが安全なのか、
う〜ん、慣れなんでしょうね。

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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました。




ブータンの酒筒職人(2) 加飾

実は、木地師さんのお宅に行く途中の道にも、漆の木を何本か見かけました。

この地域の漆の木です。

Palangを仕上げる職人Sさんのお宅は、
木地師さんのお宅から少し離れた場所にあります。
Sさんについてトウモロコシ畑を歩きます。
昔の日本もそうでしたが、家と家の間に、いわゆる道らしいものはなく、
人や家畜が歩いたところが道になる、という感じでしょうか。

Sさんのお宅に到着。
工房は左手の別棟にありました。

Sさんは42歳。
実は2000年ごろに地元の職人さんからこの技法を学んだそうです。
右手に持っているのは、自ら地元の漆の実から絞った漆だそうです。

足元に置かれているのは工程別のサンプルです。
さて、先ほどの木地師さんが削った木から
Palangはどのようにつくられるのでしょうか?

まず、外側はこのように漆が塗られます。

そして、傷や凹みなどを、漆刻苧(うるしこくそ)で埋めます。

タシヤンツェでは合成樹脂が当たり前になっていますが、
彼はちゃんと漆を使っています!

そして、容器の上になる部分は、上蓋をはめるために段が作られています。

そして、底も漆刻苧で埋められています。
これを以前、ブータン人にラチュだと言われ、
アルコール飲料を入れる容器の底がラチュで接着されているわけがない!と
ぜひとも確認したかったのです。
塗料を塗る前の上部もこんな感じです。

黒は煤を混ぜた漆、
残念ながら赤は合成塗料だそうです。

Sさんは漆塗りだけでなく、加飾金具も作られます。
材料の金属板は、Samdrup Jonkharの向こう、
インド側のUdamaにあるメラ・バザールで買うそうです。
染色をする人も糸や媒染剤をここで買うそうですから、
まさにブータンの工芸素材市場と言えるようです。
German silverとも呼ばれるある種の合金のようです。

さて、加工の様子を見せてくださいます。
まずは、ペマガツェルで入手したという金属型を金床に固定します。

焼き鈍した金属をはさみで切ります。

加飾するPalangの太さにあわせて板を切ります。

型の溝に合う太さの針金を使い、その上から鎚で叩いて筋模様をつけます。

完成品がこちら。

続いて、この内側の模様も別の金型を使って作ります。

こちらも雌型、雄型に板を挟んで叩きます。

その他の部品用の金型です。
これらは、チベットの「リ」という硬い金属で作られているとのこと。
見た目より重く、鉛と何かの合金かと思います。
やはりブータン工芸はチベットとは密接な関係があるようです。

帯を溶接し、

磨いて、

飾り金具と注ぎ口をつけて完成です。


全く関係ありませんが、Sさんのお宅にあった石臼とざるに同行者が興味深々。



乾燥トウモロコシを粉にして見せてくださいます。

ざるの裏側です。


トウモロコシを掬う升も、漆塗りです!
さすが!
彼らにしてみたら日常の当たり前のものにもいちいちキャーキャー大騒ぎする日本人。
このブログを見て是非行ってみたい!という方もおられるかもしれません。


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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました。