2014年5月28日水曜日

育ったり育たなかったり

今年は家の用事で忙殺されていたせいもあり、
気がついたら漆の花ももう終わりそうです。


触るとぼろぼろと落ちます。
やはり実はなりそうにありません。
残念です。
しかし、あれだけたくさんいた毛虫も根気よく追い払っていた成果があったのか
ついに見かけなくなりました。
葉がしっかり育っている感じで嬉しいです。

ところで、お彼岸頃に蒔いた藍の種ですが、
1ヶ月入院していた父が退院後即座に鹿避けネットを張りはじめ、
種を蒔いた所にはちゃんと名札と目印をつけて口頭で何度も注意していたのに、
たった数時間目を離した間に、見事蹴散らされてしまいました。
見たことがない植物は全部雑草だという考えで、これまでも何度もやられたので
今回はかなり注意していたのにも関わらずなので絶句です。

ということで、残念ながら昨年のこぼれ種から発芽した
この10数本だけが現在の残りです。
もう少し大きくなったら移植しなければなりませんが、
藍は肥料喰いなこともあり、
今から確実に育てられる場所を探さなければなりません。

トクサのように、手をかけずともどんどん育つ植物もあり、
 去年根元から刈ったものがもうこの通り。

ミントのように、抜いても抜いても回りを浸食しながら生えて来るものもあり。

茜は、西洋茜だけは生き残りましたが、
せっかく芽を出した日本茜は日照り続きの間に枯れてしまいました。
去年友達のところからもらってきた根っこからも
残念ながら芽の出る気配はなく、残念。

土地の質、気候に合わせ、無理をしないで、
自然に元気に生えてくるものだけを使って行くというのが理想とは思いつつ。

ところで、今年は妹が綿の種を蒔きました。

ワタは熱帯や亜熱帯地域原産のアオイ科植物で、
発芽温度が25℃以上と高いため、
本来なら日本でも太平洋側の温暖な土地でしか育てられなかった植物ですが、
これだけ地球温暖化が進むと、こういうものが山間部でも育つようになったのだなと。

2014年5月21日水曜日

今年も咲きました

イチゴの真っ盛りのシーズンです。
しばらく晴天が続いていたせいか、今年は全体に小粒です。
この時期は毎日のようにジャムを作らねばならないため普段より忙しく、
また、寒暖の差が激しいこともあるのか、
母親の調子が急に悪くなったことでしばらくバタバタしていたところ、
気がついたら漆の花がもう咲いていました。



ミツバチも大活躍中です。


これだけたくさんの花がついても、これまで全く実がつかないので、
父親がこれは雄の木じゃないかと言い出しています。

漆の木に雌雄はないという、岡山の小野忠司さんの説を聞いていますが、
よく観察しても、確かにめしべらしきものが見当たらないんですよね。
丹波漆の苗は分根法で作られていますから、
元の木が雄の性質ならそれを全部受け継いでいることになります。
一本でも雌の木というのが混じっていないかなあと
まだ咲いてない数本の観察を続けます。

ところで、今年はこれまでになく毛虫が大発生しております。
数日おきに駆除していたので、
最初は数匹残しておこうか、などと気楽に考えていましたが、
気づいたら手が届かなかった一本の木がご覧のようにほぼ丸坊主。

 他の背が高い木は大丈夫だったので安心していました。
大発生しているのは主に3年目の、2メートル前後の木ばかりです。

かなり徹底的に駆除していたはずなのに、いつの間にか巨大な毛虫も育っていて
一体どこで生き延びていたのやら。
落としたつもりが糸を吐いてぶら下がってどこかにくっつき、
夜のうちにひたすら戻っていたとしか考えられません。

↓以下、虫に注意!!!

2014年5月19日月曜日

日本のころも作り

2000年7月にロンドンのScience Museumを久し振りに訪問した時、
イギリスで時代ごとに使われていた日用品を展示するコーナーが新設されていて、
その一番奥、広いガラスケース1つをまるまる使って
豊田自動織機の第一号機が展示されていました。

19世紀の織物産業で一時代を築いたイギリスの博物館の、
このような特等席に日本製の機械が展示されていることは
大変嬉しく、かつ誇らしく思いました。

トヨタ自動車は織機製造からスタートしたことは有名です。
名古屋駅から名鉄で一駅先の栄生(さこう)駅から徒歩5分くらいに、

ここの入り口入って左手すぐにも、同じ機械が展示されていました。
正確には、「無停止杼換式豊田自動織機」と言い、
これ以前の織機は、他は自動化されていても、
横糸の杼(ひ)の糸がなくなったら人間が手動で交換せねばならなかったのですが、
それを自動で交換される工夫がされたという画期的な発明でした。
これはもちろん、機械遺産にも認定されています。

そういったわけで、産業技術記念館は、
自動車関係の展示だけでなく、
近代以前からさかのぼっての繊維関係の資料が大変豊富です。
(残念ながら写真はブログに掲載できません)
綿から糸を作る実演なども見られます。

そしてここには、愛知県で発明された日本独自の紡績機械
「ガラ紡」の機械が動いています。

「ガラ紡」とは、その機械のたてる音がガラガラ言うことからつけられた名前で、
手動や水力を用い、構造も単純だったことから各地で真似されてしまい、
考案者にはほとんどお金が入らなかったということから、
日本の特許制度の制定のきっかけになったと言われる機械です。

産業技術記念館の展示品ではありませんが、
東京農工大学科学博物館のビデオライブラリーで動画が見られます。

トヨタに展示されているものは、これよりも音が低く
文字通りガラガラ言っている感じで楽しいです。
ガラ紡で作られた糸は太く、太さもまちまちの上、
よりもあまりかかっていないため、切れやすいなどの欠点もありますが、
独特の味があり、吸水力が良いので、ふきんや衣類にも最近見直されつつあるそうです。

ところで、現在の豊田市が市になる前の地名は「挙母(ころも)」であり、
古くは「衣」とも書かれていたこともあるらしく、
衣服との縁が深いのは偶然ではないのかもしれません。

2014年5月13日火曜日

染められて食べられる

先月末に引き続き岐阜県郡上の山の中、
石徹白洋品店さんにお邪魔してきました。
ワークショップの当日はお店にしている場所も作業に使っていたため、
商品が片付けられた状態だったこと、
IKTTの布の展示が日曜までだったこと、
そして、店頭で草木染めの続きをされるということで、
今回は電車とバスを乗り継いで出かけました。

JRから見捨てられてしまったローカル線や地方のバスは
車より圧倒的に時間がかかることは否めませんが、
乗る人が少なくなれば更に本数が減ったり廃止されたりするわけですから、
できる限り乗って残したいと考えています。
それはおいても、先日の曇りと雨の天気とは打って変わり、
快晴とも言える暖かく良いお天気に恵まれ、
電車も途中の郡上八幡あたりまではグループ散策ののお年寄りで満員でした。
まだ残雪が残り、山桜が咲いていた山々も
今回は新緑がまぶしい程でした。
(せっかくなので写真を大きくしてみました)


バスの道中、林の中にはもう食べられなさそうなくらい生長したコゴミも見えました。
岩手の浄法寺ではゴールデンウィーク頃に漆林の中にわんさか生えていて、
天ぷらやお浸しにしてよく食べたものです。
石徹白洋品店さんの店先。今度は桜でなく、芝桜がきれいです。

薪ストーブは入り口左手で既にフル稼働中でした。

先月のワークショップでは、屋外に石を組んで竈にして薪を燃やし続けたため、
全員が煙で燻されてしまったことから、
今回、ホームセンターでこの時計型薪ストーブを購入されたそうです。
煙突をつけてもお値段8,000円くらいだったというから驚き!
そして、この時期まで薪ストーブが売っているというのもさすがは郡上。
お子さんが近づくと危険だというのでちゃんと柵もあります。

到着したのが昼過ぎだったので、
既にヨモギと杉皮での染めがある程度終わっていたところでした。
そこにさっそく割り込んで、
木綿生成りの無印良品のエコバッグを染めさせて頂くことに。
まずは木綿布の精錬です。
一つは精錬用、一つは煮出し用と、鍋が一度に2つかけられるのも便利ですね。
中の空間も十分なスペースで、良く燃えてくれます。

ワークショップに参加された方も2人来られていて、
前回のメモと記憶を頼りに「何分だったっけ?」と相談しながらの復習です。
火の番もしながら、また、展示の方も拝見させて頂いたりで、忙しい!
そして今回のもう一つの目的だった、
前回は見られなかった、地元の方が地元で昔使われていた民具を整理して
展示されている、
「古い物資料館」も見学させて頂いてきました。

地元で使われていたさまざまな民具の中に、筵(むしろ)を編む道具もありました。
最近のビニール縄が張ってありますが、縄の通し方がよくわかります。
この、縦紐を前後させる器具「コテ」は、最近CDの棚として人気があるそうで、
古道具屋でもよく見かけますが、
売っている方も使い方はちゃんと理解できていないのではないかと思います。
しかし、日本全国にあるこの筵編み器、
誰が最初に発明したのでしょうか、素晴らしいアイディアです。
筵編み以外にも何かに使えそうです。
使い方を知っている人がお元気がうちに、
若い世代の前で是非実演をして頂きたいなと思います。

いろいろ説明を伺い戻ったら、先にヨモギで染めておられた木綿糸も、
だいぶ乾いていました。
左が木綿細糸、右が、日本で明治時代に発明された
「ガラ紡」という紡ぎ方で作られた糸です。
ガラ紡については後日ご紹介しますが、
染まりが浅いのは、木綿の脂肪分が抜け切れていないからじゃないだろうか?
という話になりました。
同じ素材を同じ材料でで同じ時間染めてもこれだけ違うというのが面白いです。

こちらは、無印良品のエコバッグに、
庭に落ちていた小石を輪ゴムで縛って、杉皮液で煮た絞り染めです。
小石の大小と形の違いで面白い模様になりました。
生成りなので、全体を染めても染まったかどうか判断しづらかったのですが、
これで色が染まったことがわかりました。

そして、既に翌日染めるスギナを煮て準備されてました。
こちらは追加のスギナ摘みのついでに、
庭に生えていたヨモギも自宅用に摘みました。
これは帰ってさっそく重曹を加えてゆがき、
翌日、餅つき器がないので、まだ米粒が残る程度の草ぼた餅を作りました。
餅米は大学の同級生が無農薬栽培天日干しで作ったものをうちで精米。
このお米も抜群に美味しいのです
小豆餡、ゆかり+砂糖まぶしの2種類の味にしたところ、
両親が大喜びであっという間に平らげました。
平野部では既にヨモギも大きく育ってしまっていたので、
おかげさまで少し遅い早春の味を楽しむことができました。

食べられるものを使って染めた布は、肌に直接触れても安心なうえ、
お灸のモグサにもなるヨモギなら「着る薬」にもなりそうです。

2014年5月8日木曜日

黄色のひそひそ話

先日、富岡製糸場が世界文化遺産に登録され話題になり、
昨年は富士山も登録され、日本国内にも次々と世界文化遺産が増えています。

それらに先駆けて、2007年に世界文化遺産となった「石見銀山」。
我々の世代ではもちろん島根県の銀の鉱山、
さらには石見銀山生活文化研究所「群言堂」を連想する方もおられるでしょう。
しかし、戦前生まれの世代の方に「石見銀山」と言うと、
間髪入れず「ねずみとり」と続けられることがあります。

シャーロック・ホームズの小説やドラマの殺人事件によく登場するのがこの「鼠取り」、「猫いらず」とも言われたものですが、
成分は亜ヒ酸、つまり砒素化合物です。
過去に砒素は安価で確実に鼠を退治できるということで、
世界各地で広く使われていたのです。
しかし、「森永砒素ミルク事件」に代表されるように、
犯罪に使われることになったことから販売されなくなりました。

世界遺産の名誉のために付け加えれば、
この「ねずみとり」は実際には石見銀山でなく、
同じ石見の国で銅や亜鉛を産出していた笹ヶ谷鉱山の産物で
江戸時代には既に名前が世にとどろいていた石見銀山の名前を冠して
販売していたそうです。

そんな毒のある物質も美術工芸品に使われていました。
砒素化合物の顔料は発色が鮮やかな上に退色や変色がおこりにくいことから、
古代から世界各地で使われていたのです。
特に英語で「orpiment」、ラテン語で「Auripigment」(ともに黄金の顔料という意味)
と言われる
硫化砒素(As2S3)である「石黄(せきおう)」または「雄黄(ゆうおう)」は、
黄金を連想させるような鮮やかな黄色であり、
別名を「King's yellow(王様の黄色)」とも言います。
これが石黄の原石です。

同じ硫化砒素でもAs4S4の「鶏冠石(けいかんせき)」英語でrealgarはオレンジ色で、
これも大変美しい色です。
鶏冠石の原石です。
これらは同じ場所で取れることが多いため、混同されている場合もあります。

左が石黄、右が鶏冠石を顔料にしたものです。
これらも現在では入手には手続きが必要になる上、驚く程高価です。

石黄が雄黄と言われるなら、鶏冠石が雌黄なのかと言えばそうではなく、
日本ではオトギリソウ科フクギ属、ガンボージの木の実から採取される
黄色樹脂「ガンボージ」、別名:藤黄(とうおう)が
雌黄(または「草雌黄(くさしおう)」)とされています。
ガンボージも鮮やかな黄色を出す染料でもありますが、
エタノールに溶解するため、樹脂にも分類されます。
銀の上にこれを塗ると金に見えるということで、
梨子地漆(なしじうるし)の材料ともなっています。

しかし、中国漢方では石黄が雌黄、鶏冠石が雄黄と表記されているとか。
ややこしいですね。

石黄も、その鮮やかな発色が好まれ漆に混ぜて使われていた時代がありました。
さらに、これを藍で染めた緑色の漆用の顔料(「青漆(せいしつ)」)も作られ、
これがお椀などにも塗られていた時代がありました。
そして、現在もミャンマー漆器に使われている黄色と緑は
この石黄から作った顔料だということで、
ちょっと怖いような気もしますが、
ミャンマーでは漆を手で塗っているにも関わらず
砒素中毒が原因で亡くなっている職人さんがいるとも聞きません。
不思議なものです。

2014年5月4日日曜日

益虫と害虫

数日家を空けていた間にも、漆の木はどんどん生長しています。
今年は花芽の量が半端なく多いです。


全部実になってくれれば嬉しいなと思っていたら、

あれあれ、先月2匹ほど見つけて駆除したはずの毛虫がまたまた発生中!

風が強いにもかかわらず、うまく葉の根元などにも隠れています。

これを去年の枝で取り除こうとすると、糸を吐いてぶら下がります。
つまり、糸を吐いて繭を作るタイプの蛾なのです。

これらの漆苗木を頂いた3月末の丹波夜久野の漆林でも、
まだ雪が降る時期にも関わらず、既に毛虫がついていました。
漆の木にはまだ葉っぱもないのに、既にかなり大きくなっていました。
幸いこの漆林にはこれ一匹だけでしたが、一体何を食べて育ったのでしょうか?

そして、岩手県の浄法寺でも、やはり葉のない漆林に前年の繭が落ちていました。

実際、何年も前から漆の木につく蛾の被害が日本各地であるのです。
いや、日本だけでなく、ブータンでも。

東ブータンの漆器産地、タシヤンツェでは、
漆職人が山に自生する漆の木を抜いて家の回りに植えて使っているのですが、
私達が訪問した年に、それまで順調に育って大きくなっていた漆の木に
突然大量の毛虫がついてしまったと、
職人さんがその被害の大きさをまくし立てているところです。
木が植えられている場所は谷間になっていて、
背後には漆でない大木もあり、見たところかなり風通しが悪く、
それが蛾の発生を促したのではないかと説明しました、

これがブータンの漆の葉についた毛虫の繭です。
敬虔な仏教信者であるブータン人は殺生を嫌うためにこれらを駆除することができず、
翌年、20数本あった漆の木は全滅してしまったと聞きました。

これらの繭を作る蛾ですが、野蚕の一種クスサンやらでないかと思い、
後で日本野蚕学会の会員、アトリエ・トレビのIさんHさんにお伺いしたところ、
「漆の木に蚕蛾がつくとは知らなかった!」
と大喜びされ、
逆に、漆の木で野蚕を育てるのはどうだろうか?とも言われました。
そうです、一方では憎らしい害虫が他方では益虫になるのです。
ブータンの蛾はインドでも糸を取るシンジュ蚕(エリ蚕)ではないかとのことでした。

この、東ブータンの漆産地タシヤンツェは、
エリ蚕の産地であるインドのアッサム州に近いので納得ですが、
アッサム州はここに比べてかなりの低地です。
数年前までつかなかった蛾が突然この年についたということは、
気候環境が変化したということでしょうか。

しかし、自然に育った野蚕の糸は間違いなく強いはずです。
ブータンの漆職人さんに繭を取っておいてと頼んでおくべきだったと思いました。

2014年5月3日土曜日

鯉のぼりの家

岐阜城の近く、日本全国からお客さんが来る桜井銘木店のすぐ近く、
その名も「材木町」のバス停からすぐの場所に、
家の中に一年中鯉のぼりが飾ってある家があります。
2年ほど前に先代が亡くなり、
息子さんご夫妻が東京から戻って来られたと
この近くに住む後輩から聞いていましたが、
数日前、初めて入り口が開いていたため、思わず覗いたところ、
中で和紙の鯉のぼりに色つけ作業をされているところでした。


作業中にもかかわらず「どうぞ、見て行ってください。」とお声がけ頂き、
店内を拝見させて頂きました。

ここ、「小原屋」さんは、
慶長時代に紙を納入した記録があるというほどの古い油紙問屋さんで、
この時期は和紙の鯉のぼり作りで一番お忙しい時期とのこと。

左の写真が鯉のぼりを作られている先代、手前に包んであるのが大きい鯉のぼり、
右奥にあるのが油紙で作った座布団だそうです。
油紙は、昔は雨具や膏薬の紙にたくさん使われていたものの、
現在では華道で使うお花を包む花合羽くらいしか需要がないとのことでした。

夕方、後輩宅からの帰り道に再度お邪魔しました。
元々日本画がやりたかったというご主人、
昨年、小学生を対象にした鯉のぼり彩色ワークショップを開催されたそうです。
既に鯉の形になっている和紙のもみ紙の上に、
大人では発想できない配色と模様を自由に描いていく子供の想像力に改めて感動し、
この能力を伸ばせるような環境を作ってあげたい、とおっしゃっていました。

鯉のぼりに使われる色は五行と同じ5色のみ。
絵画と違い、こういった品に職人の名前が書かれることはありませんが、
それぞれの品にちゃんと作者の個性が現れています。

2014年5月2日金曜日

石徹白の鉄水

4月28,29日で、岐阜県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)の
石徹白洋品店で開催された、
カンボジア、シェムリアップのIKTTクメール伝統織物研究所の森本喜久男さんによる
天然染色ワークショップに参加してきました。
地元、石徹白にある杉、桜、ケヤキなどの使われなくなった部分を使っての染めです。

石徹白は郡上市中心部からさらに1時間ほどの場所です。
雪がところどころにまだ残り、桜がようやく満開という、
岐阜県の平野部とは一ヶ月ほども気候が違うような集落の中心は、
白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)という古い神社です。


ワークショップの2日目は、この神社のすぐ脇に作られた
「くくりひめカフェ」という場所で昼食だったので、
その後神社にお参りに行きました。
「くくりひめ」漢字で「菊理媛」と書く、白山信仰の中心となる神様ですが、
糸をくくる、というのと関係している説もあり、
織り糸の部分部分で糸でくくって防染して染めて織る絣を
カンボジアで作っている森本さんとのご縁も感じさせます。


境内には水芭蕉の自生地がありました。
タイミングよくちょうど花のシーズンです。

神社の鳥居よりはるかに大きい杉の木が、
まるで自然の鳥居のようにそびえていました。

天然石の手水鉢

本殿(右奥)には覆屋が作られています。
豪雪地帯でたまに見かける光景です。

注連縄には天然の大麻の房が下がっています。
注連縄の縄のねじり方向は普通の荒縄の方向とは逆だということを
郡上から来ていた方に教えてもらいました。


行きには気づきませんでしたが、
帰り道に逆方向から見ることになって、
石段から鉄分が含まれた水が湧き出ている場所を見つけました。

ワークショップでは、森本さんから、
鉄、水、柑橘(レモンやスダチ)、そして黒砂糖という
カンボジア式のお歯黒(酢酸鉄)の作り方も教えて頂きましたが、
この鉄水を使えばまたひと味違った自然の泥染めができそうです。